その1

名前、イサム・ノグチ

 

私がイサム・ノグチの作品を初めて見たのは、子どもの頃祖父母のマンションの一室でだった。

リビングルームは洒落た祖母の趣味で小さな粒が詰まったシャンデリアがぶら下がっており、その奥にい草の香りが心地良い畳と剥き出しの赤松で出来た柱が目を引く和室があった。イサム・ノグチのアカリシリーズの丸く和紙の張られた大きな照明は、そこにひっそりとぶら下がっていた。

祖父母の家に泊まるときは必ずこの和室で寝たものだったが、むき出しの赤松の手触りとアカリの優しさはずっと心に残っていた。

それがイサム・ノグチの作品だとは当時の祖父母自身からも教えてもらわなかったが、子供心にホッコリと丸く光る提灯のような照明には独特な個性を感じていた。

 

刺繍 二宮佐和子 Sawako Ninomiya

 

それから40年近く経ったある日、私は二宮佐和子さんの刺繍作品(WORLD FAMOUS AtoZ)と出会った。

二宮さんはAからZまで一文字ごとをアーティストの名前の頭文字に当てがい、例えばGならゴッホ、という具合に象徴的な刺繍を白いシャツにほどこす作品群を発表している。それをたまたま見つけ眺めていたところ、作品の一つであるイニシャル I のシャツの胸元に目が止まった。

そこには不思議な純真さと力強さを兼ね備えた目力のあるオジサンと彼の代表作らしき魔術的とも言えるオブジェが綺麗に刺繍されていた。純粋であるが常識的な彼の姿と魔術的なオブジェが相まって、なんとも奇天烈で楽しい空気感を醸し出し、私は二宮さんのこの作品にとてもワクワクした。そこから彼がイサム・ノグチであることを知った。私は展覧会に足を運び、香川のイサム・ノグチ庭園に行き、あっという間に大ファンになり、あの祖母の部屋にぶら下がっていた照明が彼の作品だと気づかされるに至った。

私はイサム・ノグチという表記が気になりその人生を紐解いてみて、様々な困難があったことを知った。彼は詩人である日本人野口米次郎とアメリカ人女性レオニーの間に生まれたものの、奔放な父親米二郎からあからさまに拒絶されるという体験をしている。

成長し一時期は医者になろうとしたこともあったようだが、芸術家としての才能を見出され、日本とアメリカ、そして最終的には世界を股にかけて芸術活動に邁進しながら生き抜いたのだった。実生活では父親とは厳しい関係にあったが、芸術家として彼は一貫して父親のルーツである日本の文化が持つ美意識に共鳴し、深く触れ続けた。

当時の時代背景もあり、アメリカにいれば日本人の血が入っていると言われ、日本ではアメリカ人の血が入っていると拒絶され、思うような芸術活動ができないことも多分にあった。
幼い私を照らしたあのアカリシリーズも、彼の切実な美意識の探求の結晶の一つであったのだ。

今もなお、日本人の私たちからも野口勇ではなく「イサム・ノグチ」と認知されている彼。文化の狭間で切実に美を追求し続けた彼の存在自体をイサム・ノグチという表記が体現しているように感じる。野口勇でもなく、ノグチ イサムでもなく、イサム・ノグチなのである。

次回は具体的に生い立ちと作品を振り返りながら、イサム・ノグチという人間に迫りたい。

 

 

 

Reference

ドウス昌代『イサム・ノグチ--宿命の越境者(上・下)』講談社,2000年.

四国新聞社編『素顔のイサム・ノグチ 日米54人の証言』四国新聞社,2002年.

 

 

 

 

 

 

 

 

文 中村 晃士