
ルネ・マグリット(1898-1967) その4 光の帝国 完
その4
光の帝国
過去三回に渡り、 マグリットの美術の足跡を私の視点で書いてみました。 マグリットの作品が持つ独特な虚しさと生々しさのバランスは、 彼の人生を紐解くにつれその心の不確かさ・不安・ 複雑さをそのまま写しているように見え、 作品への理解が深まった気がしました。
しかしその気持ちも、 気がつくとほんの一瞬何か接触できたかというような刹那的な手応 えにすぎない、どこか騙されたような気持ちが残ります。
この、 不確かという歯がゆさが引きずる重たい感情が、 今はマグリットの作品のシグネチャーのようだと感じます。 なぜかというと、この「確かな不確かさ」は、 彼の作品の一貫したテーマだからです。

1954年『光の帝国』
絶対的な昼の象徴である青空を背景に佇んでいるのは、 日頃見慣れた大樹の影です。 一瞬の違和感は脇に置きながら目線を大樹の下に走らせると、 そこには部屋から漏れる明かりと街灯が水面に映され、 夜の景色が広がっています。

1953年『ゴルコンダ』
雨粒が一旦停止したように空中に立つ大量の男性。 マグリットも自分の象徴としていた山高帽をかぶっており、 匿名の男性たちです。
しかしよく見ると、 建物の陰からこちらを伺うような人もいたり、 髭をたくわえた人もいたり、 ポケットに手を入れている人もいたりと、 全く同一のフィギュアではないことがわかります。
巨大なアパート群、 ラッシュアワーの魚群のようなサラリーマンの流れ。 この二つは両方とも、極めて匿名性が高く、また、 現代社会の産物でもあります。
タイトルであるゴルコンダは、 16世紀から17世紀のあいだ約170年間だけインド南東部に存 在した王国の名前で、その国は芸術・建造物・ ダイヤモンドで栄えたそうです。
結局、 説得されて鎮静する気持ちと本当にそれで良いのかという危機感が ずっと同居する状況というのは、 集団の中にいる宿命のような体験なのです。 それをタイトル含め作品全体で何層にも渡って感じさせてくれる作 品です。

この世は白々しく、確かなものなんてない、刹那的なもの。 だけれどもそれは、 絶妙なバランスやユーモアを伴って今目の前で確かに存在する。 彼の作品からは、 そんな不条理な世を生きる者の飾らない声が聞こえてくるようです 。マグリットの作品の中に出てくる素材は、空・山・鳥・虫・人・ 住宅・・・どれもありふれていて、 表現は晩年になるにつれ素朴になっていきます。
期せずして本稿を脱稿した8月15日はマグリットの命日でした。
Reference
福満葉子(2015).『もっと知りたい マグリット 生涯と作品』.東京,東京美術.
(おわり)
文 minayuzawa