その2 

言葉とイメージ 

“Les mots et les images” 

 

 

ここに、「空(そら)」という言葉を置いてみます。

 

今あなたの脳裏には「空」のどんなイメージが浮かんでいるでしょうか?青空、星空、月、太陽、雲、雨、温度、または海や山とのコントラスト、ビルや電線の隙間、宇宙・・・まだまだ数限りなく、人により様々なイメージや感覚が広がったことでしょう。そしてこのイメージの連想をずっと深く広く追いかけるような性質の人もいれば、確信的な瞬間映像で固定し終了するような性質の人もいるでしょう。また、言葉が変われば当然追いかけるイメージも感覚も、その言葉に影響される時間も大きく変わってくるのです。例えば、「空(そら)」が「30代男性の腕」と変わるだけで、ある人はより個人的な偏りのある空想や感情、感覚が広がってくるかもしれませんし、逆に空よりもイメージやストーリーが浮かばない人もいるかもしれません。このような現象は、実は私たちが普段用いる全ての言葉にくっついて常時沸き起こっているものです。何気なく交わしている言葉の一つ一つが、実はどれだけ膨大な見えない脳内の情報を引きずっているかが想像できるでしょうか。あなたにとってはほとんど何の記憶も伴わない言葉が、あなたの恋人にとっては激烈な体験を引きずっている言葉だってあるかもしれません。つまり、言葉を発した方と受け取った方のそれぞれの脳裏に何が蠢いているかなんて、他人同士の私たちは一人一人実際には掴みとれません。お隣さんでも同じ家族でも、双子でも、常にイメージを統一することは不可能です。言葉という揺るぎないピンがあってもなお、付随するイメージは一人一人常に揺らぎまた個人の中でも時間が変われば揺らいでいきます。さらにいうと、発せられないが存在する言葉や、ありふれているが名前のない物・現象もあるのです。

 

 

 

『シュルレアリスム革命』誌第12号(1929年12月15日号)に、マグリットは『言葉とイメージ』という作品を発表しています。一段一段と深まりほぐれていく文章(言葉)とイラスト(イメージ)の関係の行き先は、両者の間に確かな意味がある証拠でもあり、同時に全く無意味であることもあり、また名前がないイメージの中に確証があることもある、という無限の世界です。作品中に不可欠な文字・言葉・文章という存在を大胆にも用いたデザインは、マグリットなりのこの課題への素朴な向き合い方の現れのように感じられます。一見すると大衆的でイラストレーションのようですが、内容は純粋な表現に徹していることがわかります。

 

 

19世紀末から20世紀初頭、西洋はフランス革命、資本主義、産業革命の流れの中で、強く抑圧されていた欲求が際限なく溢れ続けた時代ともいえるでしょう。自分自身のまたは集合体としての国の抑圧された欲望が解放され爆風が撒き散らされるような激しい世の中の変化の中、精神医学では「無意識」が発見されましたが、それはある種自然な流れかもしれません。見えるものの背後には見えないものが蠢いており、抑圧された見えないものはときに見える世界をひっくり返すこともある。見えないものを掴むのは芸術家にとってはそれ以前から当たり前の確かな感覚だったはずですが、時代の流れや精神分析という学術的発見なども促進剤になり、無意識に重きを置いた表現である近代美術という分野がこちらも自然発生的に発芽したのかもしれません。『言葉とイメージ』は、現代であれば芸術や心理学・精神医学を学んだ人ならすぐ手で触れられる無意識というものが発見されたばかりの時代に生まれてきてくれました。そして今もこうして一歩一歩、言葉とイメージとともに無意識の旅に私たちを連れ出してくれるのです。この作品は言葉とイメージの関係性に執念で食い下がったマグリットの、大胆で冒険的な作品です。次回はそのマグリットの執着心の理由について探索してみたいと思います。

 

 

(つづく)

 

 

 

 

文 minayuzawa