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A r c h i v e

その3 迷える騎手   マグリットは1898年11月21日、ベルギー南西部レシーヌという小さな町に三人兄弟の長男として生まれました。その後州内で何度か転居をしたものの、一貫して父は行商で不在がちで、母は重度の神経衰弱のため寝室からもほとんど出られない状態でした。 当の本人は弟と組んで町で悪戯を繰り返す悪童の評判があった一方で、絵画教室だけは熱心に通い幼少期より描画を好む一面もありました。両親の保護が薄く受け止めどころのない鬱積したルネ少年の感情は、弟との悪戯や絵画教室での描画表現の中に発散されていたのでしょう。 当時マグリットが幼馴染の少女と遊んでいた墓地で、ブリュッセルから来た画家に出くわし絵画の持つ力に圧倒されたというエピソードがあります。これは芸術そのものの力や円熟した表現の力を幼いルネ少年が目の当たりにし、少年時代に外の世界に見出した数少ない希望の一つであったかもしれません。     しかし、マグリットが13歳の1912年2月24日未明、神経衰弱であった母親が自室を抜け出しサンブル川に身を投げるという大きな事件が起こりました。2週後に川から引き上げられたとき亡き母の顔には着用していた白い寝間着が絡まっていたとされ、それはのちにマグリットの作品に度々出現する白い布に顔が覆われたイメージのもととして語られることになります(マグリット自身は関連性を否定していました)。 またそれからほどなくして14歳頃には、将来の妻となるジョルジェットに遊園地で出会い初恋を経験します。が、当時はすぐ離れ離れになってしまいました。1916年11月にマグリットはブリュッセルにある王立美術アカデミーに登録し1920年ごろまで断続的にクラスを受講しますが、自分を委ねられる確かな表現には当時出会えませんでした(10代後半から21〜22才頃)。 結局その後の1920年、友人に未来派の画集を見せられた際に大きな衝撃を受け、以降マグリットはキュビズム、ダダ、シュルレアリスムなどの近代美術へと傾倒し、本格的に画家としてのスタイルが研ぎ澄まされていきます。また同年にマグリットは14歳の頃離れ離れになった初恋のジョルジェットと劇的な再会を果たし、1922年に結婚、その後二人は45年に渡り生涯を共に過ごしました。     マグリットは、サラリーマンのような身なりで決まった時間に制作活動をし絵の具も一切こぼさないといったエピソードがあるほど、画家としては奇妙で個性的なスタイルを貫きました。この過剰に決まりきった彼の行動は、作品中の平坦な色彩表現やシニカルな視点とどこか共通するものを感じさせますが、その一方で作品の主張内容は文脈の突然の分断やグロテスクな表現・性に関するものなどショッキングです。 そういった過剰に抑えられた表現(行動様式も含め)と生々しく衝撃的な部分が微妙なバランスで混在する状態について考えるとき、マグリットの少年時代の終焉について私は思いをはせずにはいられません。 そもそも、マグリットの少年時代は、高い感受性を持って生まれたにもかかわらず最初に触れ合う人間である両親との心の絆が非常に希薄で不安定であったため、不遇ともいえるものでした。そしてその有り余る感情の意味について自分以外とは共鳴できる経験が非常に少ないまま、多感な時期を迎えていきます。 自分の自立や成長という変化が意識されるのとほぼ同時期に、母は苦悩の情動が溢れたままになり自死という悲劇的な結末を迎え、さらにその直後にマグリットは生の喜びを感じる初恋という両極端の感情を経験したのです。この一連の大きな内外の変化は、恐らく誰しもにとってそうであるように、少年から思春期を迎えるマグリットが自分一人の顕在意識で処理できるような感情の体験ではありません。その感情に、自分自身で名前をつけることすらも難しいはずです。     しかしその後成長し、マグリットは美術界では最終的にシュルレアリスムを見出し、しかも運命ともいえるように実生活でジョルジェットと再会も果たします。幼き日に圧倒された芸術の力と、母の自死直後に出会ったジョルジェットという、たった二つの光源に生涯抱かれながら、マグリットはやっと人生の本質的な意義に近づこうと試行錯誤をできたのではないかと私は考えます。ですからきっと、芸術なしのマグリット単体では、ただ山高帽にスーツを着用して取るに足らない匿名の男だと自笑していたのかもしれません。 生活も作品も、その全体を強く抑えたトーンで包み込み、その中で彼自身の本当の衝動を表現として発動させるということ。抑えた様式で慎重に主張を包む(取り囲むとも言えるかもしれません)という表現のパターンは、彼がそれだけ無意識には自分にも他人にも全方位的に無防備に感じ不安になっていた心境が推察されます。そう見えたとき、スーツに山高帽でユーモラスに振る舞うマグリットと、その奥に無限の悲哀や生々しい蠢きがある世界を引き連れているという二つがやっと折り重なって一つの人間の中に収まって感じられたのです。   マグリットの記念すべきシュルレアリスムの第1作目の作品と言われる「迷える騎手」。     ひび割れた不安定な舞台の上で、不条理な木のオブジェの中を疾走しているように見える人馬。もしこの騎手が迷っているならば、人馬一体の心はすぐに分離してそのあとは悲劇が待ち受けているでしょう。疾走する馬は暴走し、迷える顔のない騎手には不吉な結果となるかもしれません。自分が感じる不安や恐怖、困惑、しかしそれでも止められない衝動の力は、本当の人生なのかそれとも仕掛けられたお芝居なのか。 不遇の少年時代を経てジョルジェットとシュルレアリスムに出会い、この先は自分の内にある無意識を外の美術という世界に解放するだけという地点の扉の入り口に立ち、圧倒され途方もないマグリットの心境が映し出されているようです。     Reference 福満葉子(2015).『もっと知りたい マグリット 生涯と作品』.東京,東京美術.     (つづく)         文 minayuzawa        

▪️ Tour of  WEROAD   episode 11▪️   無事に床面が完成したところで、春真っ盛りまであともう1歩2歩。     透明虹のアトリエはまだ日陰になると底冷えしますが、植田さんは音楽に共鳴しながら力強く制作をしています。     前回優しい赤と出会っていた4組目の天井パネル。今回訪問すると、赤の上に様々な変化に富む表現が見られました。     伸びやかに蝶や鳥が羽ばたく影のような躍動感に溢れた厚みのある色彩から、春の風が揺らしたヴェールを折り重ねたような柔らかい表現まで。     どこか風を感じさせる、表情豊かな4組目のパネルたちです。       文 minayuzawa

▪️ Tour of  WEROAD   episode 10▪️   肌寒さの中にも春の熱量が膨らみ、鳥のさえずりが弾けます。     ウイ・ロードでは、床面部隊の地道な作業の積み重ねによりほぼ全面に新しいタイルが敷き詰められました。     完成した3組目のパネルは、先週あった青いほとばしりの上にカラフルな線が楽しく描かれていました。     春の自然の中で出会う黄色・ピンク・白・緑・茶色など色とりどりの線を目で追っていくと、リズミカルで優しい音楽が聞こえてきたようで豊かな気持ちになりました。 一方植田さんが取りかかり始めた4組目のパネルは青から一転たくさんの優しい赤と出会い、また新しい未来の物語が始まりました。   アトリエの外では、花をすっかり落としたコブシを始めたくさんの木々が早速新緑をまとっています。   文 minayuzawa

▪️ Tour of  WEROAD   episode 09▪️   三寒四温の中、ウイ・ロードにはタイルを割る威勢の良い音が響きます。 現在ウイ・ロードの歩道部分は、タイルの張替えが進行中。     作業員が高らかな音を鳴らしながら割ったタイルを黙々と熱心に整え、床面に貼り付けています。     きちっとまっさらで、でもどこか懐かしい風合いの歩道が出現しています。     一方、池袋駅前公園にある透明の特設アトリエでは、植田さんが3組目の5枚パネルを描画中です。     今回は青を基調に、ワクワク感やほとばしりを感じさせる作風です。訪問した日は青空が潔く広がり、前回は準備中だったソメイヨシノもアトリエ周辺でサラサラ楽しげに降り注いでいました。     ウイ・ロードの天井部分の制作は、3月〜5月にかけて、池袋駅前公園の透明な特設会場にて行っています。   文 minayuzawa

▪️ Tour of  WEROAD   episode 08▪️   天井の壁画制作は、現在、1組目の5枚分を描き終えそれらは落書き防止塗料が塗られて乾燥中。2組目の新しいパネルの描画が進んでいます。     1組目は色鮮やか、陰陽全開、無重力、縦横無尽といったおもむきで、2組目はそれよりシャープさや深みが滲んできます。     感受したものにまっすぐに照準を合わせ、池袋の今や未来と共鳴が始まる予感がします。     透明の特設アトリエ内では、パレットも空間を彩る手伝いをしています。     そのわきをふと見上げると、コブシの花が優しく元気に開花していました。     ソメイヨシノはまだ開花準備中です。     * 制作開始の様子および植田さんのインタビューが、2019/03/13付 産経新聞朝刊に掲載されました。制作の概要、植田さんの思いなど読みやすくまとめてくださっています。ぜひご一読ください。https://www.sankei.com/smp/life/news/190313/lif1903130034-s1.html     文 minayuzawa

▪️ Tour of  WEROAD   episode 07▪️   ついに開始した壁画制作、最初の3ヶ月は天井部分です。天井部は水漏れ防止などの目的で今回装着される計45枚のパネルに描画をします。     ウイ・ロードこと雑司が谷隧道は、池袋という場所の大きな光だけでなく平等に大きな闇も歴史の中でじっと受け入れ見つめてきた場所。その名残も全て含め、分断せずに未来へイメージを繋げることは今回の再生事業の大切なコンセプトです。植田さんは天井部分に「未来」という大きな役割を与えました。     池袋駅前公園にある制作スペースには、現在、天井用の幅1.7メートルのパネルが5枚配置してあり、既に8.5メートル分は様々な色が描かれていました。水分をたっぷり帯びたスポンジからキラキラと光る色彩が広がっていき、パネルは空や海のようにも見えました。     その上で一生懸命に伸びたり留まったり、春の暖かさの中全身全霊で無心に描く植田さんは、まるで温い水や空の中を縦横無尽に泳いでいるようでもありました。色と呼応しながら、再生を紡いでいきます。     文 minayuzawa

▪️ Tour of  WEROAD   episode 06▪️   本日、平成31年3月8日午前10時、ウイロードの再生がとうとう始まりました。     清んだ空気と高い青空、暖かい太陽の光に見守られながら、再生の小さな小さなまばたきのような一日。 開封したての色たちが、志保さんの手とその使いのような水の力でたちまち躍動し始めました。     3月から5月までは池袋パルコ奥手にある、池袋駅前公園の特設会場にて制作活動を行っています。     文 minayuzawa

▪️ Tour of  WEROAD   episode 05▪️   1000万のたましいを呼び覚ます 色のすること Tour of WEROAD /  公開制作によせて   戦前後の厳しい時空を宿した 東西の接点 ウイロードから最初に受けた衝動   このかけがえのない場所をどうしても という直感   どうしてこんなに惹かれるのか  わたしも知りたいのです 歴史を飲み込むたびに、押し寄せてきた わいざつな美しさ 区民の皆さまと対話描画を重ねるたびに、爛漫に届いた 声 何にもおもねず  瞬間瞬間こころと目を合わせながら   豊島区の豊かさ_文化とは何かを 日々の公開制作を通して体現していきたいです 色のすることは 巡りのなかどんな物語へと 織りなされるのか。 どうぞ 厳しく、ウイロードが再生していく喜びを、分かちあって、面白がっていただけると幸いです。   2019.03.05   植田志保      文 中村晃士

▪️ Tour of  WEROAD   episode 03▪️   壁画制作を確信した植田さんが再生事業でお世話になる豊島区役所の担当の皆さんにありのままのイメージを丁寧に話したところ、皆一様に大喜びで賛成してくださいました。そして区役所の皆さんとお話をして出てきたのは、駅に隣接しベビーカーや自転車を手押しのままで歩いて通れて利便性が高い一方で、「古い」「汚い」「怖い」などの理由で女性や家族連れに敬遠されがちであるウイ・ロードの現実でした。     植田さんの作風は、まるで色がこちら側におしゃべりしてくるような色彩の豊かさで独特の世界観があります。なかなか払拭できないウイ・ロードの強固なネガティブイメージは実際に滞在し制作をライブで行うことで1日1日ゆっくりと人を惹きつけるものへと変わり、そのイメージが変化するさまを交通する皆様に見守っていただけるのではないかとみんなで我が事のように喜びました。春が深まる頃、植田さんが最終的に区長さんに壁画滞在制作のお話をした際には、区長さんからウイ・ロードが池袋で果たしてきた役割がいかに大きく独特であったかを貴重な体験談も交えてお話いただくとともに、「ウイ・ロードが本当の意味で生まれ変わる」と、滞在制作の本質に深く共鳴する有難いお言葉もいただきました。   文 minayuzawa

その2  言葉とイメージ  “Les mots et les images”      ここに、「空(そら)」という言葉を置いてみます。   今あなたの脳裏には「空」のどんなイメージが浮かんでいるでしょうか?青空、星空、月、太陽、雲、雨、温度、または海や山とのコントラスト、ビルや電線の隙間、宇宙・・・まだまだ数限りなく、人により様々なイメージや感覚が広がったことでしょう。そしてこのイメージの連想をずっと深く広く追いかけるような性質の人もいれば、確信的な瞬間映像で固定し終了するような性質の人もいるでしょう。また、言葉が変われば当然追いかけるイメージも感覚も、その言葉に影響される時間も大きく変わってくるのです。例えば、「空(そら)」が「30代男性の腕」と変わるだけで、ある人はより個人的な偏りのある空想や感情、感覚が広がってくるかもしれませんし、逆に空よりもイメージやストーリーが浮かばない人もいるかもしれません。このような現象は、実は私たちが普段用いる全ての言葉にくっついて常時沸き起こっているものです。何気なく交わしている言葉の一つ一つが、実はどれだけ膨大な見えない脳内の情報を引きずっているかが想像できるでしょうか。あなたにとってはほとんど何の記憶も伴わない言葉が、あなたの恋人にとっては激烈な体験を引きずっている言葉だってあるかもしれません。つまり、言葉を発した方と受け取った方のそれぞれの脳裏に何が蠢いているかなんて、他人同士の私たちは一人一人実際には掴みとれません。お隣さんでも同じ家族でも、双子でも、常にイメージを統一することは不可能です。言葉という揺るぎないピンがあってもなお、付随するイメージは一人一人常に揺らぎまた個人の中でも時間が変われば揺らいでいきます。さらにいうと、発せられないが存在する言葉や、ありふれているが名前のない物・現象もあるのです。       『シュルレアリスム革命』誌第12号(1929年12月15日号)に、マグリットは『言葉とイメージ』という作品を発表しています。一段一段と深まりほぐれていく文章(言葉)とイラスト(イメージ)の関係の行き先は、両者の間に確かな意味がある証拠でもあり、同時に全く無意味であることもあり、また名前がないイメージの中に確証があることもある、という無限の世界です。作品中に不可欠な文字・言葉・文章という存在を大胆にも用いたデザインは、マグリットなりのこの課題への素朴な向き合い方の現れのように感じられます。一見すると大衆的でイラストレーションのようですが、内容は純粋な表現に徹していることがわかります。     19世紀末から20世紀初頭、西洋はフランス革命、資本主義、産業革命の流れの中で、強く抑圧されていた欲求が際限なく溢れ続けた時代ともいえるでしょう。自分自身のまたは集合体としての国の抑圧された欲望が解放され爆風が撒き散らされるような激しい世の中の変化の中、精神医学では「無意識」が発見されましたが、それはある種自然な流れかもしれません。見えるものの背後には見えないものが蠢いており、抑圧された見えないものはときに見える世界をひっくり返すこともある。見えないものを掴むのは芸術家にとってはそれ以前から当たり前の確かな感覚だったはずですが、時代の流れや精神分析という学術的発見なども促進剤になり、無意識に重きを置いた表現である近代美術という分野がこちらも自然発生的に発芽したのかもしれません。『言葉とイメージ』は、現代であれば芸術や心理学・精神医学を学んだ人ならすぐ手で触れられる無意識というものが発見されたばかりの時代に生まれてきてくれました。そして今もこうして一歩一歩、言葉とイメージとともに無意識の旅に私たちを連れ出してくれるのです。この作品は言葉とイメージの関係性に執念で食い下がったマグリットの、大胆で冒険的な作品です。次回はそのマグリットの執着心の理由について探索してみたいと思います。     (つづく)         文 minayuzawa        

▪️ Tour of  WEROAD   episode 02▪️   三寒四温が始まったのか、陽の当たりや風の香りが少し変わってきました。冬の間にずっと縮こまって凝集していたエネルギーが少しずつ深呼吸を始めて空中に混ざってきているような、そんな気配を感じます。 豊島区から植田さんに最初に相談があったのは今から一年とちょっと前、一つ前の冬がちょうど東京に巡ってきたかなという頃でした。ウイ・ロード再生事業に関するお話を受けた植田さんは、そんな秋と冬の混ざり合う気候の中、早速現場に向かいました。ウイ・ロードは池袋駅にほぼ隣接した形で配置されている小さく細長いトンネルで、正式には「雑司が谷隧道」という名前を持っています(高さは2メートルほど、幅は3.5メートル程度、そして長さは77メートルもあります)。     目立たずひっそりと佇むウイ・ロードは、水が漏れたり劣化が目立つ部分があったりして一見くたびれています。しかし、内部にたくさんの人をひたすら交通させ続けるこの隧道に集中すると、植田さんはそこに今見える姿だけではない、時空を超えた本質的な価値を強烈に感じました。そしてこの隧道が持つ独特の、そこはかとなく漂う陰陽混合の気配や存在感などの本質を浮かび上がらせて歴史と未来をつなぐ再生事業を達成したいと強く思ったのです。それを至極の目標として突き詰めた結果、ウイ・ロードでの壁画制作という一つの方法にたどり着きました。   文 minayuzawa